海外永住者の相続税問題

その後争族は全く進展無し。

でも相続税申告の期限が迫ってきたので、日本の相続税申告と納付を済ませた。 海外永住の人が知ってればためになりそうな事がいくつかあったので書いておく。

相続税申告と納付

相続が発生した後、十ヶ月以内に相続税を申告して納付しないといけない。

通常は分割協議して各相続人の取り分に応じて課税額を申告するが協議がまとまらない場合は未分割申告をする。

未分割申告はとりあえず法定分割ってことにして相続税を申告・納付するというものだ。未分割だからまだなにも相続していないが、そんな事お構いなしで申告・納付しないとならない。

そして相続税申告は相続人全員(自分の場合は自分ともう一人)が共同申告するのがふつうだが、法律上は個別申告もできる。

自分は法定分割が希望で分割協議の交渉は弁護士に依頼しているが、相手方は受け入れず競うかのように弁護士を立ててきた。ずっと前のことだ。

ところがおかしな事にそれっきりなにも言ってこない。分割協議と無関係などうでもいいことはたまに言ってきて揉めてる。だが弁護士まで雇ったのにどんな分割にしたいのかさえさっぱり言ってこない。何ヶ月も相手方が分割協議を拒否している形だ。

正直何を考えてるのかよくわからないが、とにかく期限が近づいてきて未分割申告は避けられなくなった。

未分割でも相続税は共同申告するのがふつうだが、相手方はここで見計らったように共同申告を拒否し、さらに相続税申告に必要な情報は一切共有しないと通知してきた。

分割協議も共同申告も拒否され、相続財産の情報提供も一切拒否され、日本に頼れる家族も親類もいない状況ではるか離れた海外から期限の迫った相続税申告と納付をしないとならなくなった。

えぇぇマジ?そんなの無理じゃん、と海外在住の人たちが画面に向かって叫んでいるのが聞こえてくるようだ。

というか自分も最初はそう叫んでた。

でも気を取りなおしてやってみたらそんなに無理な事ではなかった。こんな状況でも海外から申告・納付はちゃんとできた経緯を書いておく。

税理士を探す

まずは相続税申告を依頼する税理士さんを見つけないとならない。

日本全国に星の数ほど税理士事務所があるが、メールでやり取りできて、海外在住者に対応できる税理士というのは実は限られてくる。

ネットでみつけた税理士にいくつかコンタクトしてみたがあきらかにメールやネットが不得手だったり、海外在住の相続人というだけで尻込みされたりした。

国際相続対応を大々的に打ち出しているところもあるが、これは海外にも資産があるような富裕層相手の場合が多く、ただ外国に住んでるだけの我々イッパンジンはお呼びでない。

それに相手方が共同申告を拒否したので個別申告することになったのだが、個別申告は税務調査になる可能性が高い。手間がかかるケースになるので相続税専門でない税理士さんには、そういうケースは受けないと断ってきたところもあった。

いろいろ探していくうちに相続税専門大手の税理士法人チェスターの横浜事務所にいきついた。メールでの対応は速いし、自分のような外国籍相続の経験もある。米国の資格を持ち英語を喋る税理士さんまでいる。

ここは経験があって理解がありそうなチェスターさんに依頼する事にした。

税理士法人チェスター

チェスターさんに相続の内容と状況をありのまま説明したらすぐ見積もりを出してくれて契約する事にした。

パスワード付きのPDFの契約書が送られてきて、電子印鑑して送り返してすぐ締結。大手だけあってオンボーディングもスムース。

料金はWiseで送金した。Wiseで日本へ送金すると遅くとも翌日には入金する。

すぐ担当についた税理士さんから連絡があり申告準備がはじまった。

この税理士さんができる人で、とうてい間に合わないだろうタイミングで持ち込んだ相続税申告をきちんと期限に間に合わせてくれた。(契約時は延滞を覚悟してくれと言われてた)後で話を聞いたら契約する前から仕事にかかってくれていたそうだ。

急ぎなのにズームで面談してくれて、わからないことは丁寧に説明してくれた。準備された申告は社内チェックで確認され、添付された資料もしっかりしたものだった。さらに相続が完了した際の修正申告、そして税務調査になった場合も丁寧に説明してくれた。

いや、本当に助かった。

かなりの数の税理士事務所に問い合わせたけど、海外在住で相続税申告が必要ならチェスターさんは絶対お勧めですよ。

申告に必要な情報

税理士さんを頼めたのはいいのだが、申告にはいろんな資料が必要だ。この資料収集が海外在住者には一番のネックだ。

相続税申告するには相続財産の価値を算出しないとならない。不動産は相続税評価額を算出し、預金や証券類は相続発生時の残高証明が必要になる。 他にも生命保険やこういう時に定番の直前引き出し金など課税対象になるものは全て申告しないとならない。

そのためには各資産の情報が必要だが、相手方は親の通帳からなにから全て抱え込んで一切の情報提供を拒んでいる。

これを全て自分で集めないとならない。

まず不動産の評価額や固定資産税額は税理士さんが名寄帳を取得して調査してくれた。父親は実家以外にも不動産を所有していたが、不動産の相続税算出は税理士さんの専門領域なので安心して全部任せた。

両親の預金や証券口座は父親がエンディングノートに細かく残していた情報を元に残高証明を取得した。

この残高証明取得が一番手間がかかった。

日本の金融機関に残高証明を発行してもらうためには被相続人の除籍謄本、印鑑証明と相続人(全員の場合もある)の戸籍謄本が必要だ。自分のように印鑑証明を持ってない人はサイン証明が必要になる。

サイン証明はカリフォルニア州ではノータリー(公証人)に身分証明を見せて書類にサインすると、公証人が「この人がサインするのを見たよ」という宣誓書に公印を押してくれる。料金は一枚5-10ドル。

日本の金融機関にこの宣誓書と和訳したものをサイン証明として提出する。宣誓書は硬いわかりにくい英語で、同じように硬くてわかりにくい日本語に自分で訳した。

代理人に残高証明を取得してもらうには加えて委任状が必要になる。他の相続人や親類に頼れない場合は士業(弁護士、税理士、司法・行政書士)の方に委任して残高証明を取得してもらうのが一番だ。士業の方は戸籍謄本類の取得もできる。

なお、戸籍、委任状と宣誓書はコピーやスキャンはだめで原本を送らないとならない。こういった事も士業の人はわかっているので行き違いがない。南カリフォリニアからの郵送はEMSよりクロネコヤマトの方が安くて速い。

あと戸籍謄本類の代わりに法定相続情報一覧図を作成すると手続きが楽になるけど相続人に自分のような外国人がいる場合は作成できない。

残高証明書は弁護士さんに取得してもらった。両親はいくつも口座を持っていた上に、ヘンコな夫婦で同じ銀行を使いたがらなかった。なので申請する金融機関の数も多い。

ふつうは順番に残高証明を申請してサイン証明も使い回しすることが多いそうだが、今回は時間がないので弁護士さんの考えで全金融機関に並列に申請する事にした。大変だったと思うが弁護士さんの尽力のおかげでつつがなく全部申請し、短い時間で取得できた。

あと必要なのは生命保険などの情報だが、父親がエンディングノートに情報を残していたのと、親が保管していた重要書類は日本にいった時に全部スキャンを取ってあった。

相手方による多額の直前引き出し金については把握していた額を残高証明の額と付き合わせて確認した。

こうして相続税申告に必要な資料は全て揃えることができた。

相続税納付

自分はアメリカ人だが、日本では相続人の国籍や在住地に関係なく相続税が適用される。だから相続税申告とともに相続税も払わないとならない。

日本の相続税制はいろいろ控除や特例があってほとんどの場合は相続税を払わなくてよいのだけど、父母相次いで亡くなってしまったこともありそこそこの相続税を払わないとならなくなった。

まず納付する相続税を用意しないとならないが、これは早めにやっておいた。

なぜならアメリカの銀行間送金は数日かかるのだ。投資口座から普通預金口座に移してWiseに送金して、とやっていると下手すると二週間近くかかる。Wiseから送金するのは早いがWiseへ入金するのに意外と日数がかかる。

またアメリカでの保有資産はドルで、相続税は円で払わないとならないので両替が必要になる。ドル・円の為替レートはかなり変動するので出来る限り円安な時にドルから円に両替しとくべきだ。

なのでいろいろと調べておおまかな相続税額の見当をつけ、さらに多めにWiseに入金しておいて円安になった時を見計らってドルを円に変換した。

納税額はふつうは最終申告書ができてからわかるのだけど、税理士さんが用意しといてくださいね、と早めに概算額を教えてくれた。ギリギリになって用意した金額が足りなかったら、と心配しなくてよかったのでありがたかった。

納税は海外からは納税管理人を指定し、相続税を送金して代理で納付してもらう事になる。 納税管理人は弁護士でも税理士でもいいのだけど、時間がない事もあり税理士さんに依頼して相続税を送金した。

Wiseは一回の送金額に制限があるのだが不思議なことに合計額に制限は無い。 何回続けて送金してもいいのだ。 税理士から納税額を通知されてすぐ小分けにして何回も送金したが何も問題なく翌日には全額入金していた。

父母は二週間ほどの間に続けて亡くなったので申告・納付を二回くりかえした。その後税理士から納税完了の連絡があり、父母両方の相続税申告・納付が期限内に無事完了した。

まとめ

今回海外在住の自分が期限ギリギリの相続税の申告を日本の家族親類に頼らず一人でなんとかやり遂げた。

正直なところ最初は不安も感じたが、共同申告や情報提供を拒否した相手方が(おそらく)期待してたほどには困らなかった。時間が無かった事を除けばなにも難しくないし、やろうと思えば誰にでも出来ると思う。

相続税申告に関してはもう使うことの無い知識だが、同じような境遇の人のためにいくつかのポイントを記しておきたい。自分も知ってればかなり違ってたと思う。

  • 相続税申告を理解する。日本の国税庁のサイトは意外と読みやすく疑問点も検索しやすい。他にも士業の人たちがネットに出している情報は概ね正確で信用できる。情報へのアクセスは海外在住でも日本と変わらない。知識は力だ。

  • 申告の手配はできるだけ早く。海外から士業の人を探して被相続人・相続人全員の戸籍謄本一式、残高証明取得などの手配を進めるのはかなりの時間と手間がかかる。

  • 頼れる税理士を探す。上に書いたけど自分は良い税理士に出会えてほんとに助かった。ただ税理士がなんでもしてくれると思ってはいけない。打ち合わせして税理士が収集できない情報や資料は積極的に手配する。

  • 申告・納税資金の調達と用意。税理士費用や相続税の支払いは出来る限り早くから用意して有利な為替レートを狙う。幸い自分は円安ピークの時に両替できたので納付した時に比べて10%ほどもうかった。

  • Wiseの使い方を知る。Wiseは手数料や為替レートが低くUIも使いやすく、アメリカから外国への送金はWiseがベストだと思う。でも絶対にぶっつけ本番で大金を送金するべきではない。最低限テスト送金をして手順を理解しておくべき。

  • 親の資産の詳細を把握。几帳面な親父がエンディングノートに情報を残してくれていなかったら残高証明取得は間に合わなかったし、取り残しが出たと思う。出来る限り生前に親の金融機関と口座情報と残高は把握しておくべき。

今回の自分の相続状況は、日本に頼れる家族も親類もいない海外在住の人が直面する状況で、そう思うと世界中に似た境遇の人はそこそこいるのではないかと思う。

自分に言えるのはそういう状況になってもあきらめたり投げ出したりしちゃいけないってことだ。時差や郵送にかかる時間などハンディはあるが、ネットや動画通話がここまで発達している現在、相続税申告・納付は海外在住でも問題なくできる。

海外在住で敵対的な相続に直面しても、悪に勝利する事はできるのだ。